ロンドンの交通料金決済インフラ

ロンドンの交通機関での料金支払いは実にシンプルである。最初は面食らうかもしれない。なぜなら、現金は使用できない。また、車内で購入することもできない。地下鉄や電車であれば、改札の前に自動販売機で購入することも可能だが、バスに乗車するためには、オイスターカードかタッチ決済クレジットカード(コンタクレス、非接触型)、もしくは日本のSUICA同様のOYSTER CARDに限定される。しかしながら、数週間もいれば、すぐに慣れる。実際、私自身も、日本よりははるかにシンプルで使いやすいシステムであると実感した。
現地の居住者の多くは、タッチ決済クレジットカードを利用している。日本のような移行途上の地域からの来訪者、何がしかの理由でカードホルダーに慣れない人を除けば、オイスターカードの愛用者は少ないように映る。紛失や盗難のセキュリティは大丈夫?と思わないわけでもないが、日本がスマホに多くのバーチャルカードを詰め込むのと同じ役割を果たすのと同様、その便利性は絶大。軽くて早い。飲食も買い物もプラスチックカード1枚で全てカバーできれば、かえって安全かもしれない。スマホのような通信トラブルや故障の可能性も少ないだろうし、万が一、紛失したり盗難に遭ったとしてもリカバリーしやすい。
こうなると日本のカードビジネス、決済ビジネスを取り巻く状況が理解できなくなる。顧客を囲い込むという発想なのだろうが、電子マネー、交通系、QRコード等々あまりにも種類が増えすぎて、わけがわからない。カオスである。金融機関、通信会社、交通機関、小売業等々、決済に注目した局地戦の囲い込み競争が、マクロの観点から日本に幸福をもたらすとは考えにくい。なぜなら、一部の消費者には便益をもたらすかもしれないが、それ以外は、提供するサイド含めて疲弊する。店への機器設置(設備投資)、従業員の負担(教育や習得)、キャッチアップできない人たちによる現金利用の継続等々。冷静に社会全体を見渡せば、カオスにより生じるデメリットの方がはるかに大きい。システムセキュリティとは別のリスクやロスも生じているだろう。
このトレンドをDXと解釈するのは誤解、曲解である。新しいツールや技術を活用することがDXではない。むしろ、利用者(ユーザのみならず、設計者、開発者)の負担を軽減するともに、リソースをビジネス発展に活用し、社会全体の富に貢献させる発想とその実現こそが真のDX。ロンドン市内の飲食店ではレジは必要なくなり、スーパーやドラッグストアも、ほとんどがセルフレジ。単純労働を減らす効果はマクロ視点では絶大な効果がある。もちろん、教育、リスキリングとの並行推進が必要だが。また、冒頭のバスの例で考えれば、運転手は運転技術習得に徹することができるため、安全面の強化や英語ネイティブでない人材の受け皿にもなる。
マクロレベルの自動化、標準化、簡略化を議論せずに、テクノロジーありきで突き進むことは、自己満足のITオタクだけで十分だ。自社さえ良ければそれで良しでは、人口減少の国家の戦略としては、将来に禍根を残すだろう。